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転職人生とは

 

私は転職の繰り返しでした。

日本の企業が新卒一括採用年功序列終身雇用であることを全く知りませんでした。

 

親父は終身雇用でした。でも母は美容室経営で工業地帯と商店街で育ったからでしょうか。

よく見ればわかったのかも知れません。

おじさんたちは坊主でしたしね。

 

大学で有名ゼミにも入ってなかったので先輩の青田買いの誘いがありませんでした。

欧州旅行に行っていた時に就職の説明が学校であったようです。運命ですな。

 

新卒一括の事実を知っていれば大学で大企業に入っていたかも知れません。

大学院では不動産鑑定士を狙っていたので個人事務所で独立と考えていました。

 

何れにしてもホテル学科を狙ってMBA留学しましたけど、アメリカにいた時に27歳で無職で

あることに気づいた時ゾッとしました。

 

このままでは就職できないのではとね。

帰国後就職活動しましたがどこに行っても仕事がありません。

 

その歳まで何をやっていましたかと聞かれました。でも陽気な性格でなんとかなると思ってました。

 

そこで考えました。宅建があるとね。そして大学院の時に鑑定士試験を何度も受けた。

知識はあると考えました。

 

そこでたまたま募集していた大手不動産会社の子会社に応募しました。

新築を売る時中古が売れないと売れないというブームが来ていました。

中古部門は拡大期にありました。そして中古部門は人気がなかったのです。

 

 

新築部門がエリートという感じでしたね。

ここは不思議な縁で受かることになりました。宅建を持っていたことと英語ができたことが

良かったみたいです。資格が身を救ったと思いました。

 

7年後は不動産会社のあとはリートをやりに大手証券を受けて運よく受かりました。

証券は好不況が激しくて不況時にはリストラで誰もいなくなっていました。大げさかな。

ここではMBA留学の経験が生きていました。これも運が良かったのでしょう。

 

外人の担当をやりましたから英語ができたのが身を救いました。外資系証券まで行きましたが

そこはバブル崩壊の後でリストラに会いました。外資系はすぐにリストラします。

 

年末にリストラって非情でしょ。お正月にどんな顔して親戚と会うというのでしょうか。

その後は2年ほどさまよいました。失業保険が切れて入社したのが資格講座の電話営業でし

た。

 

ここは営業も厳しかったですが全く食えないくらいの給与でした。独身だったらなんとか

なっていたのでしょうが家族持ちでは無理な給与でした。

 

その後は運よく大手商社の情報部門に雇ってもらいました。

これははっきり行ってコネでした。

人生は運が左右するといいますがこれは本当に運でした。

 

でもこの時ネット企業に出向になるのですがそこで総務人事経理を担当することになりました

が。幸いここで大学の会計学、簿記、商法、会社法が役立つことになります。

このでも大学の勉強が役立ったのです。人生は無駄はないと思います。

 

 

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